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羽生結弦が模索した哲学的な問い――「Echoes of Life」で描いた極上のアート

2024年12月08日 18時15分

レポート

羽生結弦「Yuzuru Hanyu ICE STORY 3rd “Echoes of Life” TOUR」さいたまスーパーアリーナ公演より

羽生結弦「Yuzuru Hanyu ICE STORY 3rd “Echoes of Life” TOUR」さいたまスーパーアリーナ公演より

羽生結弦が製作総指揮を務めるアイスストーリーの第3弾、「Yuzuru Hanyu ICE STORY 3rd “Echoes of Life” TOUR」が、12月7日にさいたまスーパーアリーナで開幕。羽生自ら作り出した物語を映像とスケートで綴り、会場に集まった約1万4000人のファンを魅了しました。この日に30歳の誕生日を迎えた羽生は、アンコールで観客に「ハッピーバースデー」を“お願い”する場面もあり、本編で見せた凛とした佇まいとはまた違った愛らしさでも会場を沸かせました。

短編小説のように連なる哲学的な問い

羽生が創造したストーリーは、人工的に人間を作り出す装置のようなものから始まり、羽生が“作られていく”映像作品がスクリーンに映し出されます。「VGH-257 Nova」として誕生した“羽生結弦”は、荒廃した世界を舞台に旅を進めます。そこで彼はさまざまな「音」に出会い、“生きるとは?”“命とは?”などの哲学的な問いを模索していきます。「問い」に対するそれぞれのパートは短編小説のように連なり、その都度衣装を変えた羽生が、音楽と共に氷上でストーリーを描いていきます。ヒラヒラと衣装をはためかせながら、滑らかなスケーティングを披露する場面もあれば、祈りにも似た静謐な時を奏でるような姿もあり、“憎悪”と“正義”が対峙する場面ではアップテンポの曲に乗ったパフォーマンスで魅せ、ヒップホップのようなダンスシークエンスでは挑むような表情でダンスを披露。そして、美しすぎるコンビネーションスピンやジャンプには、その都度客席から大歓声が上がりました。

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ピアノが奏でる音が音符となって氷上に照射される中、音の化身のように舞う場面や、羽生自身がナレーションで読み上げた言葉が氷上に映写されたシーンも感動を呼びました。その思いを全身で表現するスケーティングは、極上のアート作品のよう。後に行われた質疑応答で「演技することは向いてないと思った」と笑顔で語っていた羽生ですが、映像では、厳しい横顔から菩薩のような優しい眼差しまで、さまざまな表情でも観客を魅了。プログラムの後半は、これまでとまた違った魅力をたたえた「Danny Boy」、映像で“Nova”を演じていたときの衣装でパフォーマンスした「全ての人の魂の詩」で本編を締めくくりました。

「この物語が皆さんの中で、ちょっとでも生きる糧になったら」

Tシャツと黒のパンツというラフなスタイルでアンコールに登場した羽生。「本日はご来場いただき、ありがとうございます。『Echoes of Life』初演でしたけど、いかがでしたでしょうか?」と語りかけると、観客は盛大な拍手と歓声で応えます。この日を迎えるまでの道のりやプレッシャーについて、羽生は「胃の中がグルンっと裏表になりそうなぐらい」大変だったと語りつつ、「この物語が、皆さんの中で、ちょっとでも生きる糧になったらいいなと思っています」と言葉を結びました。そして弾ける笑顔で「誕生日です! わ~い、生まれたよ~!」と叫び、「せーの!」と言うと客席から「おめでとう」の声が。「あ、待って待って、確かに、“ありがとう”の流れだったね。ハッピーバースデー歌ってください」と元気におねだりし、ファンの大合唱を全身に浴びると、「ありがとうございまーす!」と両手を広げくしゃっとした笑顔を見せました。

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さらに羽生は、アンコール1曲目の「Let Me Entertain You」を一緒に楽しんでもらうために観客に振り付けを指導。一緒に盛り上がったあと、「もうちょっとだけ続くんじゃあ~」と「阿修羅ちゃん」に突入しました。「世の中に対して、ん~ってなることや、個人的にもや~っとすることもあると思います。それをこの場でみんなで叫びながら、楽しんでいってください」と伝え、パフォーマンスを終えると大喝采を浴びました。哲学的な問いに満ちた、ある種おごそかでハードな本編があったからこそ、生身の羽生が弾けるアンコールの楽しさも倍増。どちらのパフォーマンスも、これ以上ないバランスで互いを照らし合うエンターテインメントの極みがそこにありました。

ラスト曲のイントロが流れると、それだけで起きる観客のどよめきが期待感を漂わせます。マイクを持った羽生が「僕にとって大事な大事なプログラムを滑るので、最後まで心して見てください。『SEIMEI』」と告げ、プログラムがラストに向かう1分20秒ほどのパートを披露。凛々しい表情で両手を広げるポーズをキメてフィナーレを飾りました。その後、「私は最強」をBGMに「ありがとうございました~」と手を振りながらリンクを周ってファンにあいさつを。ティッシュケースになっているくまのプーさんにマイクを向けて歌わせるお茶目な仕草でも会場を和ませ、最後は生声で「ありがとうございました!」とシャウト。安心したような喜びの笑顔で客席を見渡していました。

質疑応答の全容をお届け!

終演後に行われた質疑応答では、羽生が今回のテーマや衣装、音楽などについて率直な言葉で思いを回答しました。以下、全容をお伝えします。

――公演初日、無事終えられて率直な今の気持ちを教えてください。

「とうとう開幕したなっていう感じが一番強いです。すごく時間をかけて毎日毎日トレーニングも練習も積んできましたけれども、本番になってみて、皆さんの前で滑ってみないとわからない、成功なのか失敗なのかというところもあったので。とうとう始まったなという気持ちと、初日はケガなくストーリーとして完結できてよかったなっていう気持ちでいます」

――今回は「生きる」ということをテーマに掲げて制作されたと思いますが、改めてそこに込めた思いや狙いを教えていただけますか。

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「もともと、生命倫理というものを小さい頃から考えたり、大学で履修したりしていく中で、生きるということの哲学についてすごく興味を持っていました。そこから自分の中でぐるぐるしていた思考や理論をまた勉強し直して、この世の中だからこそ、生きるということについて皆さんなりの答えが出せるような、哲学ができるような公演にしたいと思い『Echoes of Life』を綴りました」

――文字が音になるという発想がとてもおもしろかったです。

「もともと自分は、色が音になって聞こえるような感覚があったんです。例えば、赤という色に対して情熱と思う方も、恐怖と捉える方もいらっしゃるのは人それぞれの解釈なんだけれども、僕は小さい頃から音として聞こえてきたタイプだったんです。そういった自分の経験や、フィクションとして物語を書く中で、この子にどういう能力を持たせようかなと考えたとき、自分がトレーニングとしてやっている言葉の抑揚や意味を表現することを物語に入れ込んで、その哲学が音楽になってプログラムが出来上がる……みたいなことを、いろんな発想を飛ばして書いていったんです」

――羽生さんが紡いだその物語の中には、思わず書き留めたくなるような言葉がたくさんありましたが、一つ選んで思いを語っていただけますか?

「本当にいろんな哲学書を読み直して作っていったんですけど……“運命というのは偶然の連なり”ということを、哲学書を読みながら学んでいきました。それってすごくもろくて、なんでこんな偶然がつながっていったんだろうっていうような運命が、人それぞれきっとあるんだろうなと思って。皆さんがいろいろ振り返ったときや、現在進行形でその運命を感じているようなときに、“めったに出会えないような偶然の出来事に出会えたんだ”という喜びや奇跡を感じてもらいたいなと思って綴りました」

――新作衣装もたくさんありましたが、今回の中で一番思い出の深い衣装は?

「やっぱりNovaの衣装ですかね。今まで映像の中と実際に演技する衣装をリンクさせたことがなかったし、ファッションで使えるような服を氷上で着るのは結構難しかったんですけど、Novaという主人公の衣装にはかなり思い入れが強いものがあって。今回は、フィギュアを専門にしてくださっている方だけでなく、フィギュア(の衣装)を作ってこられなかった方も参加してくださって、アレンジを繰り返して作り上げた衣装たちもたくさんあるので。衣装も含めて、フィギュアっぽくないというか、“Echoes”じゃないと見られない衣装の布感とか、そういったものもぜひ感じてもらいたいなって思ってます」

――そのNovaとしての映像での演技もすてきでした。

「1回僕、映画に出演させていただいたことがあったんですけど、本当にお芝居に向いてないなって思ったんですね(笑)。だから、映画に出たいとかそういう気持ちは全然ないんですけど、Novaという主人公を演じることに関しては何も違和感がなかったというか。自分が綴った物語であって、自分が完全に入り込める主人公を描いているので、そこに関しては自分が演じないといけないなという感覚でした。撮影は丸2日間ずっとやって、もう半日ぐらいやって、プラス、ナレーション録りもしなきゃいけなかったので大変でした」

――音楽も素晴らしかったですが、選曲のこだわりと表現のこだわりについて教えていただけますか?

「前回の“RE_PRAY”は結構ゲーム寄りに作っていったので、今回はわりとクラシカルなものをやりたい気持ちがあったのと、哲学をテーマにしていたのでピアノの旋律であったり、気持ちが凛とするような曲たちを多めに選曲しています。自分がストーリーを描く中で、ここは戦いたいところだな、ここは芯を持つべきところだな、ここは言葉をそのまま使いたいところだなとか、そういったことを考えた中で選曲にこだわっていった感じですね。一番悩んだのは、5番目のピアノのクラシックの連続のところですね。一回もはけないで、30秒間ずつぐらいでずっとプログラムを演じ続けているんですけど、今までやったことがなくて。清塚信也さんと一緒にクラシックのことも勉強しました。振り付けはジェフリー・バトルさんに頼んでいるんですけど、ジェフとも、こんなイメージで滑りたいっていうことを綿密に計算しながら作ったプログラムです」

――そして、改めてにはなりますが、お誕生日おめでとうございます。ファンの皆さんが「ハッピーバースデー」を歌う光景の中、迎えられた30歳はいかがでしたか?

「ありがとうございます。今30歳って言われて、30歳かあって思ったんですけど(笑)。自分が幼い頃から思っていた30代というものと、今自分が感じている体の感覚や精神状態も含めると、全然想像と違っていたなって思いますし、まだまだやれるなっていう気持ちでいます。“Echoes”の中でも、未来って何? とか、過去って何? みたいなことがありますけど、今という中で最善を尽くしていくことで、未来は自分が想像してるよりももっともっとよくもなる。自分の中では『30、おっさんじゃん』って思っていた頃とは違った30代を迎えることができたなってなんとなく思ってます」

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――改めて、30代の抱負を最後に聞かせてください。

「自分の中では、フィギュアスケート年齢としては劣化していくんだろうなっていう漠然としたイメージがあったんですけど、野球とかサッカーに置き換えて考えてみたら、これからやっと、経験や技術や自分の感覚に脂が乗ってくる時期だと思います。自分自身の未来に希望を持って、絶対にチャンスをつかむんだっていう気持ちを常に持ちながら、練習もトレーニングも本番も臨みたいなと思います」

取材・文:幸野敦子
撮影:河田真司

Yuzuru Hanyu ICE STORY 3rd “Echoes of Life” TOUR

2024年12月7日(土)埼玉県 さいたまスーパーアリーナ


01. First Pulse
02. 産声~めぐり
03. Utai Ⅳ ~Reawakening
04. Mass Destruction -Reload
05.ピアノコレクション
 05-1. 6Pieces for Piano,Op.118:No.3,Ballade in G Minor.Allegro energio
 05-2. The Well-Tempered Clavier,Book1:No2,Prelude and Fugue in C Minor,BWV 847
 05-3. Keyboard Sonata in D Minor,K.141
 05-4.12 Études, Op. 25: No. 12 in C Minor "Ocean"
 05-5.12 Études, Op. 10: No. 4 in C-Sharp Minor "Torrent"
06. Ballade No.1 in G Minor,Op.23
07. Goliath(2024Remix)
08. アクアの旅路(Piano Solo Ver.)
09. Eclipse/blue
10. GATE OF STEINER -Aesthetics on Ice
11. Danny Boy
12.全ての人の魂の詩
アンコール
01. Let Me Entertain You
02. 阿修羅ちゃん
03. SEIMEI

Yuzuru Hanyu ICE STORY 3rd “Echoes of Life” TOUR | 2024-2025 羽生結弦 ICE STORY 第3弾

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